日本のデザインについてよく言われること

日本のデザインについてよく言われること

日本という国は、いろいろなところで注意する必要がある

こんにちは。マサキです。

ワタシの実姉は結婚したのち、パートナーの仕事の都合で海外を点々とする生活をしてきました。

一昨年、久しぶりに日本に戻り、しばらく日本で生活することになったのですが帰国して早々に

「酔った…。情報が多すぎて…。」

というのです。

確かに、ワタシは今洗面台の前に立っているのですが、これだけの文字情報が洗面台に掲載されています。

照明の外し方、取り付け方

騒々しい洗面台1:親切といえば親切。文字が淡いグレーになっており、まだ控え目。デザイナーとの攻防が伺われます。

騒々しい洗面台2

騒々しい洗面台2:品名、品番その他。表に出す必要あるか?ともかく松本さんありがとう。

騒々しい洗面台3

騒々しい洗面台3:うん。棚外したいときあるよね。なぜ、中指と薬指なんだろうか?人差し指は使っちゃダメ?

騒々しい洗面台4

騒々しい洗面台4:くもりシャットミラー!アピってます!激しくアピってます!

そこらじゅうにある注意書き(文字情報)

日本で普通に生活しているワタシたちにとっては普通すぎて気になりませんが、敢えて指摘されると確かに…と思うことがあります。

もう「気をつけねばならないこと」が盛りだくさん

例えば公園に散歩に行きます。入口をひと目見るだけでコレだけの情報が目に飛び込んで来ます。

  • 犬のフンは持ち帰ること
  • 犬は必ず繋いでください
  • 暗がりの変態に注意(変態を野放しにすんなやw!)
  • 子どもは一人で歩かない
  • 花火禁止
  • スケートボード、ローラーブレード禁止
  • 禁煙
  • 公園で勝手に集会をしないでください
  • 猫の餌やり禁止

以上は1箇所に設置された看板の情報だけではなく、見渡す限りそこかしこにいろいろな形で散財しているので、姉はこの「情報の波」に酔ってしまったのだ、と言います。

これは日本的文化なのか?

似たような例で、「日本に来ると情報が多すぎて「うわっ!」となる」という外国人の方に会いました。

彼は、家電量販店・ドラッグストアなどであまりの情報量に酔ってしまうのだ、と言っていました。

どの情報も自己主張が激しすぎて、結局は「何に注視したらいいのかわからなく」なり、めまいに襲われるのだとか。

Webデザインだと「楽◯」や「Yaho◯! JAPAN」、店舗でいうとドン◯ホーテなどのような状況は、外国人からすると「情報がありすぎて何処を見たらいいのかさっぱりわからない。ウツクシクない!!」んだそうです。

彼は「日本こそ『デザイン』発祥の地だというのに一体ゼンタイどうしたんだ!?」と言っていました(笑)。

確かに、茶室や屏風、床の間、生け花などは「シンプル」で「空白・余白をたくさん取り入れた」デザインが施されています。

日本のそんな一面を知っていたら、現代日本に溢れる「情報のごちゃつき」は彼らにとって「全くもってナゾ」なのかもしれません。

たしかに、経験上心当たりがある。

26文字しかないアルファベットの国と、アルファベットに加え、膨大な量の「漢字」「ひらがな」「カタカナ」を扱う日本には「見た目の密度」異なるではあります。

シンプルデザインの追求は日本語や中国語(繁体字)にとって圧倒的に不利な状況ではあります(笑)。

まーそれは脇に置いといたとしても、ワタシにも一つ心当たりがあります。

ポスターをデザインしていたのですが、意見を求めると一定数「ここスペース空いてるね、なんか埋めた方がイイんじゃない?」と言う人がいるのです。

「空白じゃないトコロに目を向けてほしくて、あえて入れている空白」に対しても「淋しい(←必ずこう言うw)…ココ何か埋めたら?」と彼らは言います。

幸い、クライアントさんはデザインへの理解があった方なので、空白はそのままに納品となりましたが、最高決定権者の考え方次第では、「隙間なく何かがびっちり詰まった」ポスターが出来上がっていたことでしょう。

この現象、経験あるデザイナーさん多いのではないでしょうか?

「埋めたほうがいいのは、あなたのココロのスキマでは?」とは、口が裂けても言えませんもんね…(笑)。

(分かります分かります。だからワタシがココで代弁しておきましたよ。)

決裁権のある素人のおっさんが口を出して崩壊する例。

日本ではよく見られる風景です。

現場レベルでうまくまとまったデザインを、デザイン素人同然の最高決定権をもつ人が「鶴の一声」でもって崩壊させる例です。

時には

  • デザインとかいうなんだかシャレオツなものに物申せる俺、カッコイイ!
  • 偉そうな口を叩くデザイナーに何かしら意見してやったぜ!

的な雰囲気を感じることもありますし、それがまかり通ってしまうのが日本という国なのです(笑)。オソロシイですね!

海外の方に「日本はデザインを軽視している」とか言われてしまう原因はこういうトコロにあるかもしれません…。

デザインではないけど、同じような出来事はミケランジェロが生きたルネサンスの時代にもあった(※)らしいので、まー人間のマーキング本能の一種なのかもしれません(笑)。

最高決定権者のゴキゲンをとりながら、仕上がりつつある案件を崩壊させることなくソフトランディングさせることができるのが超有能なディレクター、デザイナーと申せましょう。

誤解のないように書いておきますが、デザインというのは「カッコイイ」もんでも「シャレオツ」なもんでもありません。

ニンゲンの行動パターンの「最大公約数」を探し、向かってほしい行動に促すために何かを作る仕事、がデザインであり、見る人・使う人への思いやりと統計の結果に生み出されるものが「デザイン」なのでアリマス。

決して「フンイキ」とか「勘」とか「センス」だけでやってる仕事ではナイヨ。

今はイタルトコロニある「デザインに対する誤解」が早く解けてなくなることを祈ってます(笑)。

※ミケランジェロの逸話

かの有名なダヴィデ像を制作中、様子を見に来た市長(←パトロン)さんが、

「鼻、もうちょっと低いほうが良くね?」

と言ったので、ミケちゃんは鼻を削るフリをして見せて、実際には削らなかったんだそうな。

フリだけで市長さんは「うんうん。こっちのほうがいいよ。」的な事を言って満足したんだと。

ミケちゃん、なかなかいい性格しとる(笑)。

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